出張先での雑記帖



石山
Ishiyama


気分転換に旅先(モチロン仕事)での画像をお届けします!
(印象に残った画像を都度掲載予定です)






2024年 5月 12日(日) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は四季折々の花が咲きほこる「花の寺」としてもよく知られています。
5月は、ヒトラツツジ/アズマツツジ・・・あお若葉も美しいですね!





<もののあはれな恋>

平安時代とつながる 「もののあはれな恋」
世界最古の恋愛物語とされる「源氏物語」は
「もののあはれ」を表現した文学とも言われています。
石山寺境内では 「光る君へ びわ湖大津 大河ドラマ館」
「源氏物語 恋するもののあはれ展」が同時開催中です。


 

久々に石山寺を訪問しましたが早朝から観光バスが何台も乗り付けていました。



大河ドラマ館(明王院)
大河ドラマ「光る君へ」に登場する
衣装や小道具、パネルなどを展示


恋するもののあはれ展(世尊院)
平安時代の恋を表現した
平安時代の文化と源氏物語を感じる
3つの世界を展示



石山寺物産館 紫(拾翠園)
「大河ドラマ館」(明王院)
「恋するもののあはれ展」(世尊院)
とあわせて石山寺物産館 紫(拾翠園)
が新しくオープンしました



源氏の間
紫式部が「源氏物語」
の構想を練った場所
「源氏物語」を執筆する紫式部



青鬼まつり
杉の葉で作られた
高さ5メートルの青鬼の像
毎年5月の第3日曜日に開催




2023年 8月 26日(土) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は四季折々の花が咲きほこる「花の寺」としてもよく知られています。
8月は、サルスベリ/ノウゼンカズラ/ムクゲ/蓮・・・
暑かった!


<志じみ茶屋 「湖舟」>

湖舟は石山寺の境内(東大門前)にあり、琵琶湖の幸や
名物の釜めし「志じみめし」と「うなぎ」を楽しめるお店です。
石山寺の参道で営業する老舗店「至誠庵」の跡を継いだ若き兄弟が、
亡き父が20年前に提供していた「うなぎ料理」を
姉妹店である「湖舟」で復活させることになりました。

今回は「うな牛重」を注文・・・
三大和牛として知られる近江牛とうなぎのかば焼きを両方味わえる
贅沢なコラボですね。




※ 暑かった・・・けど美味かった!



珪灰石
まだまだ厳しい暑さが続きます・・・
ミストシャワーの霧に包まれた
幻想的な珪灰石



サルスベリ
幹が滑らかで
サルでものぼることができない
という意味からサルスベリ



無憂園
琵琶湖をかたどった池や滝からなる
池泉回遊式庭園
絵画のように美しい無憂園からの眺め



源氏の間
紫式部が「源氏物語」
の構想を練った場所
「源氏物語」を執筆する紫式部



紫式部供養塔
紫式部の供養塔
(三重宝篋印塔)
宝篋印塔の笠を3つ重ねた層塔



おおつ光ルくん
おおつ光ルくんは
大津市観光キャラクター
21世紀版光源氏です。




2022年 6月 5日(日) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は四季折々の花が咲きほこる「花の寺」としてもよく知られています。
6月は、アジサイ/ハナショウブ/キンシバイ/ユキノシタ・・・
おまけにウシガエルも見つけました!


<紫式部>

紫式部は時の中宮の新しい物語を読みたいというリクエストを受け、
新しい物語を作るために石山寺に七日間の参籠をしていました。
そのとき、琵琶湖の湖面に映える十五夜の名月を眺めて、
都から須磨の地に流された貴公子が月を見て都を恋しく思う場面を構想し、
「今宵は十五夜なりけり」と書き出したのが
『源氏物語』の始まりと言われています。

2024年のNHK大河ドラマは紫式部の一生を描く
「光る君へ」(主演は吉高由里子さん)だそうです。
紫式部は大津市の石山寺で源氏物語を起筆したと伝えられており、
紫式部ゆかりの地である「石山寺」が盛り上がりそうです。楽しみですね!




※ のんびりと散策できました!



アジサイ
長崎では今でも
「紫陽花」を「おたくさ」と呼ぶそうです。



キンシバイ
濃い緑色の葉に映える
キンシバイの黄金色の花


ハナショウブ
花被の付け根が黄色い
花菖蒲


ユキノシタ
雪が積もっていてもその下に
緑の葉を付ける生命力から
名付けられたそうです



無事カエル
本物の
ウシガエルを見つけました!




2022年 5月 15日(日) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は滋賀県大津市にある 東寺真言宗の寺院です。
琵琶湖の南に位置しており、 国の天然記念物・珪灰石の巨大な岩盤の上に
本堂が置かれていることから「石山寺」という名前になったと言われています。


<青鬼祭>

石山寺屈指の学僧、朗澄律師が
自分の死後は鬼となって仏法を守護すると誓ったことにちなむ法要
こうしたエピソードは「石山寺縁起絵巻」にも記されています。
杉の葉の大きな青鬼像の前で、
法要が営まれ、青鬼おどり、青鬼太鼓の演奏、
降魔招福祈願の大うちわによる「薫風の授与」が行われます。
(2022年は、コロナ禍に配慮し「青鬼太鼓」の奉納演奏は中止)
毎年5月第3日曜に開催されます。




※初めての青鬼祭でした。



青鬼像
鬼の体を覆っている杉の葉は、
石山寺の杉からとったもの
胸のあたりの茶色の部分は胸毛を表現



法要
石山寺屈指の学僧、朗澄律師が
自分の死後は鬼となって仏法を守護する
と誓ったことにちなむ法要


青鬼おどり
2022年はコロナ禍に配慮し
青鬼太鼓」の奉納演奏は中止でした


青鬼団扇
例年限定された枚数が
用意されているそうです。




2022年 5月 4日(水) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は滋賀県大津市にある 東寺真言宗の寺院です。
琵琶湖の南に位置しており、 国の天然記念物・珪灰石の巨大な岩盤の上に
本堂が置かれていることから「石山寺」という名前になったと言われています。


紫式部が『源氏物語』の構想を練ったことから、
ゆかりの地としても広く知られる湖国の古刹「石山寺」。


このお寺が有名な理由の一つが平安時代を代表する作家・紫式部にあります。
紫式部が石山詣で石山寺を訪れた時、作品の着想を得たことから、
紫式部ゆかりの寺として知られるようになりました。
石山寺は平安時代から多くの人々に愛され、色々な作品の中にも登場します。
「枕草子」や「更級日記」・「蜻蛉日記」などにも登場することから、
平安時代より多くの人に愛されてきたことがうかがえます。



※新緑が眩しい季節ですね。



東大門
源頼朝に寄進されるも焼失し、
豊臣時代に淀殿によって修理
左右には、鎌倉時代を代表する仏師・運慶
とその長男である湛慶の作と伝えられる仁王像



硅灰石
硅灰石は、
石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、
その熱作用のために変質したもの
「石山」という名称はこの硅灰石に由来しています。


本堂
滋賀最古の木造建築物で、
内陣は平安時代中期の建立、
外陣は慶長7 (1602) 年に淀殿の寄進により増築。
礼堂は硅灰石の岩盤にせり出しで建つ懸造



源氏の間
新しい物語を書くためこの部屋にこもっていた
紫式部が、8月の十五夜に中秋の名月が
湖面にゆらめく姿から『源氏物語』の構想
を思いついたとされています。



経蔵(安産の腰掛け石)
県下最古の校倉造りで高床式の「経蔵」
その下に見えるのが安産祈願の「腰掛石」。



多宝塔
源頼朝が寄進したと伝えられる
日本最古の多宝塔
上層は円形、下層は方形平面の二重の塔で
上下二層のバランスや軒の曲線の美しく、
日本が誇る最古にして最美の多宝塔


月見亭
近江八景「石山の秋月」のシンボル
瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、
後白河天皇以下歴代天皇の玉座とされた。



光堂
鎌倉時代に存在したという「光堂」を復興。
本堂と同じ懸造となっており、
阿弥陀如来を本尊



八大龍王社
龍穴といわれる池の中島に建てられており、
炎天下でも請雨法を修すれば
必ず雨が降るといわれた場所



無憂園
琵琶湖をかたどった池や滝からなる
回遊式庭園



天智天皇の石切場跡
寺の周囲には石切場跡があり
今だ岩肌にはノミの痕が残っています。




2021年 6月 20日(日) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は滋賀県大津市にある 東寺真言宗の寺院です。
琵琶湖の南に位置しており、 国の天然記念物・珪灰石の巨大な岩盤の上に
本堂が置かれていることから「石山寺」という名前になったと言われています。


このお寺が有名な理由の一つが平安時代を代表する作家・紫式部にあります。
紫式部が石山詣で石山寺を訪れた時、作品の着想を得たことから、
紫式部ゆかりの寺として知られるようになりました。
石山寺は平安時代から多くの人々に愛され、色々な作品の中にも登場します。
「枕草子」や「更級日記」・「蜻蛉日記」などにも登場することから、
平安時代より多くの人に愛されてきたことがうかがえます。



紫式部が『源氏物語』の構想を練ったことから、
ゆかりの地としても広く知られる湖国の古刹「石山寺」。
花の寺とも呼ばれ、梅・桜・ツツジ・花菖蒲・紫陽花・紅葉などが四季折々で咲き誇り、
訪れる人を楽しませてくれます。




久しぶりにリフレッシュできました!



東大門
源頼朝に寄進されるも焼失し、
豊臣時代に淀殿によって修理
左右には、鎌倉時代を代表する仏師・運慶
とその長男である湛慶の作と伝えられる仁王像



硅灰石
硅灰石は、
石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、
その熱作用のために変質したもの
「石山」という名称はこの硅灰石に由来しています。


本堂
滋賀最古の木造建築物で、
内陣は平安時代中期の建立、
外陣は慶長7 (1602) 年に淀殿の寄進により増築。
礼堂は硅灰石の岩盤にせり出しで建つ懸造



源氏の間
新しい物語を書くためこの部屋にこもっていた
紫式部が、8月の十五夜に中秋の名月が
湖面にゆらめく姿から『源氏物語』の構想
を思いついたとされています。



経蔵(安産の腰掛け石)
県下最古の校倉造りで高床式の「経蔵」
その下に見えるのが安産祈願の「腰掛石」。



鐘楼
大きな檜茅葺の屋根と下層のカーブが美しい
鎌倉後期に建立された「鐘楼」、
平安時代につくられた鐘

上層には、無銘であるものの妙音で知られる
平安時代の梵鐘が吊られており、
下層から撞木を引いて撞く
めずらしい構造となっています

多宝塔
建久5年(1194年)に
源頼朝が寄進したと伝えられる
日本最古の多宝塔

上層は円形、下層は方形平面の二重の塔で
上下二層のバランスや軒の曲線の美しく、
日本が誇る最古にして最美の多宝塔

月見亭
近江八景「石山の秋月」のシンボル
瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、
後白河天皇以下歴代天皇の玉座とされた。

光堂
鎌倉時代に存在したという「光堂」を復興。
本堂と同じ懸造となっており、
阿弥陀如来を本尊



八大龍王社
龍穴といわれる池の中島に建てられており、
炎天下でも請雨法を修すれば
必ず雨が降るといわれた場所


くぐり岩
穴をくぐると願い事がかなうとされる
パワースポット


無憂園
琵琶湖をかたどった池や滝からなる
回遊式庭園



天智天皇の石切場跡
天然記念物「硅灰石」が
道沿いに露出しており、
15か所の採石痕があります。



中央にある矢穴



2019年 5月 6日(月) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は滋賀県大津市にある 東寺真言宗の寺院です。
琵琶湖の南に位置しており、 国の天然記念物・珪灰石の巨大な岩盤の上に
本堂が置かれていることから「石山寺」という名前になったと言われています。


このお寺が有名な理由の一つが平安時代を代表する作家・紫式部にあります。
紫式部が石山詣で石山寺を訪れた時、作品の着想を得たことから、
紫式部ゆかりの寺として知られるようになりました。
石山寺は平安時代から多くの人々に愛され、色々な作品の中にも登場します。
「枕草子」や「更級日記」・「蜻蛉日記」などにも登場することから、
平安時代より多くの人に愛されてきたことがうかがえます。

紫式部が『源氏物語』の構想を練ったことから、
ゆかりの地としても広く知られる湖国の古刹「石山寺」。
花の寺とも呼ばれ、梅・桜・ツツジ・花菖蒲・紅葉などが四季折々で咲き誇り、
訪れる人を楽しませてくれます。





東大門
源頼朝に寄進されるも焼失し、
豊臣時代に淀殿によって修理
左右には、鎌倉時代を代表する仏師・運慶
とその長男である湛慶の作と伝えられる仁王像



硅灰石
硅灰石は、
石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、
その熱作用のために変質したもの
「石山」という名称はこの硅灰石に由来しています。


本堂
滋賀最古の木造建築物で、
内陣は平安時代中期の建立、
外陣は慶長7 (1602) 年に淀殿の寄進により増築。
礼堂は硅灰石の岩盤にせり出しで建つ懸造



源氏の間
新しい物語を書くためこの部屋にこもっていた
紫式部が、8月の十五夜に中秋の名月が
湖面にゆらめく姿から『源氏物語』の構想
を思いついたとされています。



経蔵(安産の腰掛け石)
県下最古の校倉造りで高床式の「経蔵」
その下に見えるのが安産祈願の「腰掛石」。



鐘楼
大きな檜茅葺の屋根と下層のカーブが美しい
鎌倉後期に建立された「鐘楼」、
平安時代につくられた鐘

上層には、無銘であるものの妙音で知られる
平安時代の梵鐘が吊られており、
下層から撞木を引いて撞く
めずらしい構造となっています


多宝塔
建久5年(1194年)に
源頼朝が寄進したと伝えられる
日本最古の多宝塔

上層は円形、下層は方形平面の二重の塔で
上下二層のバランスや軒の曲線の美しく、
日本が誇る最古にして最美の多宝塔


月見亭
近江八景「石山の秋月」のシンボル
瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、
後白河天皇以下歴代天皇の玉座とされた。



光堂
鎌倉時代に存在したという「光堂」を復興。
本堂と同じ懸造となっており、
阿弥陀如来を本尊



八大龍王社
龍穴といわれる池の中島に建てられており、
炎天下でも請雨法を修すれば
必ず雨が降るといわれた場所


くぐり岩
穴をくぐると願い事がかなうとされる
パワースポット



無憂園
琵琶湖をかたどった池や滝からなる
回遊式庭園




2016年 11月 3日(日) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

石山寺は滋賀県大津市にある 東寺真言宗の寺院です。
琵琶湖の南に位置しており、 国の天然記念物・珪灰石の巨大な岩盤の上に
本堂が置かれていることから「石山寺」という名前になったと言われています。


このお寺が有名な理由の一つが平安時代を代表する作家・紫式部にあります。
紫式部が石山詣で石山寺を訪れた時、作品の着想を得たことから、
紫式部ゆかりの寺として知られるようになりました。
石山寺は平安時代から多くの人々に愛され、色々な作品の中にも登場します。
「枕草子」や「更級日記」・「蜻蛉日記」などにも登場することから、
平安時代より多くの人に愛されてきたことがうかがえます。


寺は石山 仏は如意輪
ご本尊でもある秘仏 如意輪観世音菩薩(重文)が、33年ぶりにご開帳されました。!



東大門
建久元年(1190年)に
源頼朝の寄進により建てられたとされ、
その後、慶長年間に大修理が行われています。
「東大門」は 古寺にふさわしい堂々とした造りであり
重要文化財に指定さ れています。



本堂

硅灰石
硅灰石は、
石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、
その熱作用のために変質したもの
「石山」という名称はこの硅灰石に由来しています。


多宝塔

源氏の間
「源氏の間」は、
かつて紫式部がその窓から
十五夜の月を眺めたときに、
霊感をうけ源氏物語の構想を得たと伝えられます。



紫式部の像

経蔵(安産の腰掛け石)
16世紀ごろに建立された高床の校倉で、
かつては重要な経典や聖教類など
が収蔵されていました。
県下で最古の校倉造です。




2015年 11月15日(日) 石山(滋賀)


<ぶらり石山寺>

さざなみが煌めく琵琶の湖水が、やがて穏やかな流れとなる瀬田川、
石山寺はその西岸の伽藍山の麓の景勝地にあります。
その創立は、東大寺大仏造立のための黄金の不足を愁えた聖武天皇が、
ここに伽藍を建てて如意輪法を修すようにとの夢告を受け、
良弁僧正を開基として開かれた寺院です。
また、本尊の秘仏如意輪観音像は、安産、厄除け、縁結び、福徳などに
霊験あらたかな仏さまとして信仰を集めています。
 石山寺は奈良時代から観音の霊地とされ、平安時代になって観音信仰が盛んになると、
朝廷や摂関貴族と結びついて高い地位を占めるとともに、多くの庶民の崇敬をも集めました。
その後も、源頼朝、足利尊氏、淀殿などの後援を受けるとともに、
西国三十三所観音 霊場として著名となり、今日まで参詣者が絶えません。


石山寺とは、奈良時代に創立され、多くの絵巻物などにも登場するお寺です。
特に知られているのが、かの有名な紫式部が「源氏物語」の構想を思い浮かべたという話。
つまり、この石山寺という建物は、紫式部ゆかりの地であり、とても神聖な場所なのです。


久しぶりにリフレッシュできました!



東大門
建久元年(1190年)に
源頼朝の寄進により建てられたとされ、
その後、慶長年間に大修理が行われています。
「東大門」は 古寺にふさわしい堂々とした造りであり
重要文化財に指定さ れています。



硅灰石
硅灰石は、
石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、
その熱作用のために変質したものですが、
石山寺のように雄大な硅灰石
となっているのは大変珍しく、
国の天然記念物に指定されています。

「石山」という名称はこの硅灰石に由来しています。

源氏の間
境内の本堂(国宝)は、
巨大な硅灰石(天然記念物)
の上に建てられています。
この本堂内にある「源氏の間」は、
かつて紫式部がその窓から
十五夜の月を眺めたときに、
霊感をうけ源氏物語の構想を得たと伝えられます。

多宝塔
源頼朝の寄進で建久5 (1194) 年に
建立された日本最古の多宝塔。
下重が大きく、
上重は搭身が細く華奢で軒の出が深い
優美な姿で、日本三大多宝塔の一つです。

本尊は大日如来です。

月見亭
後白河上皇の行幸に際して建てられたといい、
その後再建や 修理を経て現在に至っています。

はるかに琵琶湖を望みなが ら
瀬田川の美しい風景を楽しむことができます。

光堂
紫式部がこちらで「源氏物語」を
考え付いたということで、
何やら筆を執って「源氏物語」を書いている
ようにも見えます。


紫式部の像