<近江八景>
比良の暮雪、堅田の落雁、唐崎の夜雨、三井の晩鐘、
粟津の晴嵐、瀬田の夕照、石山の秋月、矢橋の帰帆、
室町時代末期に選定されました。
<瀬田の唐橋>
幾多の戦乱の舞台となった唐橋を描いた「瀬田夕照」。
別名「長橋」と呼ばれた瀬田橋は京都の交通、軍事の要衝として重視され、
また時代の為政者の手によって何度も架け替えられました。
瀬田川に掛かる瀬田の唐橋は、古くは日本書紀にも登場する有名な橋。
京都に入る際の関所としての役割も果たしており、
軍事・交通の要衝でもあったため、
「唐橋を制する者は天下を制す」とまで言われました。
元々、橋はもう少し上流にあったそうですが、天正3(1575)年、
織田信長が現在の位置に新しい橋を建設して以来、
現在の場所が定位置になっています。
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瀬田の唐橋 |
勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。
宇治橋、山崎橋とならんで日本三古橋の一つ
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瀬田の唐橋 |
瀬田橋が戦の歴史舞台になって
千八百年になりますが、特に有名なものは、
古くは、大津京が幻の都となった
大友皇子と大海人皇子の
『壬申の乱』をはじめ、
『寿永の乱』、『承久の乱』『建武の乱
ど幾多の戦乱の舞台ともなりました
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