出張先での雑記帖



瀬田
Seta


気分転換に旅先(モチロン仕事)での画像をお届けします!
(印象に残った画像を都度掲載予定です)






2022年 5月 6日(金) 瀬田(滋賀)

<ちか定>

滋賀県大津市の瀬田川沿いに立つ
川魚料理の老舗「ちか定」
炭火でじっくり焼き上げたうなぎの味付けは
味醂の甘さが残るあっさりとした味付けです。
地元に愛され行列ができる有名店。

GWでかなりの混雑が予想されたので
予約ボードが出される(開店の一時間)前に到着しましたが、
既に数名並んでいます。
待ち時間を利用して瀬田川沿いを散策後、
開店時は50名以上の予約で埋まっていました・・・
期待を裏切らない美味さですね!





※皮はパリッ/身はフワッ/噛めばトロッ・・・
肉厚プリプリで美味かったです!



唐橋公園
「瀬田の夕照」が一望できる
唐橋公園


瀬田川
琵琶湖南端から流出して南下し
下流は宇治川、淀川と名前を変えて
大阪湾に流れ込む川


オオバン
真っ黒な体に白いくちばしと額が特徴
琵琶湖のヌシ 「オオバン」




2021年 9月 25日(土) 瀬田(滋賀)


うなぎ料亭 山重

琵琶湖・瀬田川のほとりにはじまる「山形屋重右衛門」
「うなぎ料亭 山重」の起原は、
およそ400年前に琵琶湖・瀬田川のほとり、
瀬田唐橋のかかるこの地で創業した
鰻の引売り屋台「山形屋右重衛門」とされております。
時代とともに姿を変えながら、瀬田鰻の味わいを伝え続けてきました。

旅人が行き交う交通の要所「瀬田唐橋」

昔、瀬田川にかかる唯一の橋であった瀬田唐橋は、
東海道から京都へ上る交通の要衝でありました。
琵琶湖を渡るより、天候に左右されず京に向かえるため、
「急がば回れ」の諺の発祥であるとも言われています。
多くの旅人が行き交うこの地で、
栄養豊富な鰻は彼らの疲れを癒してきたことでしょう。

「建部大社」とともに歩む

瀬田には、675年に近江の守護神として
この地に遷座した格式高い神社「建部大社」があります。
「山形屋右重衛門」は、
その創業の頃よりこの神社と共に歴史を歩んでまいりました。






瀬田の唐橋
勢多の唐橋とも書き、
瀬田の長橋とも言われる。
宇治橋、山崎橋とならんで日本三古橋の一つ


建部大社
瀬田唐橋のたもとに鎮座する
日本武尊を祀る近江国一之宮




2016年 5月 7日(土) 瀬田(滋賀)


<近江八景>

比良の暮雪、堅田の落雁、唐崎の夜雨、三井の晩鐘、
粟津の晴嵐、瀬田の夕照、石山の秋月、矢橋の帰帆、
室町時代末期に選定されました。


<瀬田の唐橋>

幾多の戦乱の舞台となった唐橋を描いた「瀬田夕照」。
別名「長橋」と呼ばれた瀬田橋は京都の交通、軍事の要衝として重視され、
また時代の為政者の手によって何度も架け替えられました。


瀬田川に掛かる瀬田の唐橋は、古くは日本書紀にも登場する有名な橋。
京都に入る際の関所としての役割も果たしており、
軍事・交通の要衝でもあったため、
「唐橋を制する者は天下を制す」とまで言われました。
元々、橋はもう少し上流にあったそうですが、天正3(1575)年、
織田信長が現在の位置に新しい橋を建設して以来、
現在の場所が定位置になっています。



瀬田の唐橋
勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。
宇治橋、山崎橋とならんで日本三古橋の一つ


瀬田の唐橋
瀬田橋が戦の歴史舞台になって
千八百年になりますが、特に有名なものは、
古くは、大津京が幻の都となった
大友皇子と大海人皇子の
『壬申の乱』をはじめ、
『寿永の乱』、『承久の乱』『建武の乱
ど幾多の戦乱の舞台ともなりました