出張先での雑記帖



那覇
Naha


気分転換に旅先(モチロン仕事)での画像をお届けします!
(印象に残った画像を都度掲載予定です)






2025年 9月 5日(金) 那覇(沖縄)

<ぶらり玉陵>

玉陵は石彫り獅子に守られた第二尚氏王統歴代の陵墓
2000年12月に 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」 として世界遺産に登録

自然の洞穴を利用しながら
前面に石灰岩の切石を精緻に積み上げた切妻造の墓室
沖縄特有の三角屋根のついた家のような形をした墓・破風墓で
現存する破風墓の中でも最大にして最古の墓です。

1501年、琉球王国最盛期と名高い尚真王の時代に建てられた陵墓で
1470年から1879年に在位した歴代琉球国王 19人と王族の遺骨が安置されています。
首里城をモデルにしたという巨大な石造りで
遺骨が埋葬されている墓室が東西3つに分かれているのが特徴。
外見は木造建築を模し棟には尚家の家紋や牡丹・唐草・宝珠等が彫りこまれ
左右袖塔上には陵墓を守護する石彫りの獅子像が置かれています。





のんびりと散策できましたが・・・暑かった!



ガジュマルの巨木(西の御番所跡)
精霊「キジムナー」 が宿る木
「首里のきじむなぁは頑固だった」
という表現を見事表しています


前門
墓室前庭に入る前門
玉陵を囲む石壁(石牆)は
沖縄独特のあいかた積み



後門
墓室前庭からの後門
前庭には邪気を取り払うという意味を込めて
珊瑚の破片が敷き詰められています。


東室
繊細な装飾が施された石棺に納められた
王と女王の遺体を安置するための部屋
(獅子・龍などの彫刻がほどこされた欄干)


中室
洗骨前の遺骸を安置する部屋
死者を土葬か風葬し数年後に遺骨を洗って
清め再び埋葬するという葬制


西室
王子や王女、
王族の遺体を安置するための部屋
(獅子・龍などの彫刻がほどこされた欄干)



2025年 9月 5日(金) 那覇(沖縄)

<見せる復興:正殿復元>

2019年10月31日に発生した火災により首里城は
正殿をはじめとする主要施設が全焼しました。
現在は2026年秋の完成を目指し再建に向けた工事が進められています。
2025年6月、正殿復元工事を守ってきた素屋根の一般公開を終了し
2025年7月から素屋根撤去を開始、
2025年8月23日 素屋根解体が進み、正殿の様子がうっすらと見えるようになりました。
10月末には約6年ぶりに正殿が姿を現す予定です。
(2025年7月25日、後之御庭に阿吽(あうん)一対の鬼瓦を設置)





首里城は城壁こそ二重三重になっていますが
戦のためというより王権の威容を誇るためだそうです。
もともと小さな城だったのを正門や通用門を壊さず
残したまま増築・拡張したため門が多いそうです。







のんびりと散策できましたが・・・暑かった!



守礼門
中国風の牌楼という形式で建立
扁額には「守礼之邦」と書かれており
「琉球は礼節を重んずる国である」


園比屋武御嶽石門
形は門になっているが人が通る門ではなく
神への 「礼拝の門」国王が外出するときに
安全祈願をした礼拝所



下之御庭
首里森御嶽
城壁の手前にある礼拝所
神が造られた聖地であるとされています


東のアザナ
城郭の東端に築かれた物見台
城外の町や城内の正殿裏・御内原一帯を
展望することができる場所


首里城の城壁
隅角部が上を向き
少し丸みを帯びた 「隅頭石」
城壁緩やかなカーブの綺麗な曲線美


首里城の石垣(琉球石灰岩)
2種類の積み方で築かれています
相方積み(五角形や六角形に加工)
布積み(四角く加工:横の目地が一直線)


真珠道
海賊からの脅威に対する防衛を目的に
首里城から那覇港に向かって
兵士を派遣するために使われる主要な通り


首里金城町石畳道
首里から那覇港や沖縄本島南部へ通じる
主要道路として造られた「真珠道」の一部
モザイクのように敷きつめられ琉球石灰岩


首里金城の大アカギ
内金城御嶽の境内には
推定樹齢200年以上といわれる
アカギの大木が6本自生しています。



2023年 3月 17日(金) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

約8ヶ月ぶりの沖縄です。


<首里城の今 〜 見せる復興 〜>

2019年10月31日に起きた火災によって、
首里城は本殿を含む9棟の建物と歴史的遺産が焼失してしまいました。
現在、首里城は 「見せる復興」 に力を入れ、
2022年には正殿の復元工事が始まりました。
正殿の復元完成は2026年の予定、その後北殿、南殿など順次進められるため、
全てが完了するまでには長い年月がかかる見込みです。





一日も早く再建されることを祈ります!


歓会門
首里城の城郭内へ入る第一の正門
歓会とは「歓迎する」という意味


瑞泉門
瑞泉とは「立派な、めでたい泉」という意味
門の両側にある一対の石造の獅子像


奉神門
「神をうやまう門」という意味
首里城正殿のある
「御庭」へ入る最後の門


首里森御嶽

寝廟殿
国王が亡くなった後に遺体が安置
されていた建物があった場所


御内原ノマモノ内ノ御嶽

東のアザナ
内城郭の東端に築かれた物見台
城外の町や城内の正殿裏
御内原一帯を展望できる


久慶門
別名「ほこり御門」
通用門で主に女性が利用
現在は出口専用の門用



首里城の城壁
琉球石灰岩を積み上げ
自然の地形を生かした
うねるようなカーブの城壁




2022年 5月 26日(木) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

世界遺産の 「識名園」 とホテル周辺を散策。


<識名園>

「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界文化遺産に登録
琉球王朝時代には迎賓館の役割を果たしていました。
池の周りを歩きながら景色の移り変わりを楽しめる
日本庭園の様式・廻遊式庭園を取り入れた識名園は、
心の文字を崩した形の池「心字池」を中心に構成されています。
中国と日本、そして沖縄、それぞれの文化が融合した歴史ある建物と
緑豊かな庭園を鑑賞しながらのんびり散策できますよ!



散策後は、温泉でまったり・・・ですね!


識名園
<世界遺産>
琉球王家最大の別邸
池の周りを歩きながら
景色の移り変わりを楽しむことを目的とした
「廻遊式庭園」



育徳泉
池の水源の一つ。
巧みな曲線が優しい
琉球石灰岩を用いた「あいかた積み」


アーチ形の石橋
池にかけられている大小2つの石橋
中央が高くアーチ形(中国風)


六角堂
池に浮かぶ島につくられた
六角形のあずまや


御殿
赤瓦屋根の木造建築で、
上流階級のみに許された格式ある作り



観耕台
手入れの行き届いた田畑を見た冊封使が、
王様の徳をたたえて名付けたそうです。



2022年 5月 24日(火) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

首里城周辺を散策。


<サガリバナ>

サガリバナは、陽が落ちる頃に花を咲かせ、夜明けには散ってしまう「幻の花」
日本でも限定された一部の地域でしか見ることができない希少な花です。
サガリバナは夏の風物詩で、見頃は6月末から7月末くらいまで。
白や淡いピンクの綿毛のような花を、
ぶらりと垂れ下がる茎の周りに連なって咲かせる姿が
「フジの花」に似ていることから「沢藤」とも呼ばれています。

見た目だけでなく生態や香りまで魅力的なサガリバナ、
その花言葉は「幸福が訪れる」です。
一夜にして散ってしまうサガリバナを見ることができた人は幸運ということから、
この花言葉がつけられたと考えられています。
幻想的で美しく見ているだけで幸せな気持ちになれるサガリバナ。
恋人や家族や友達など大切にしている人に伝えたくなる素敵な花言葉ですね。





開花時期には早すぎましたが何とか観ることができました!


玉陵
<世界遺産>
尚真王が父尚円王の遺骨を改葬
するために築かれた
第二尚氏王統の陵墓



玉陵碑
玉陵に葬られるべき人々を規定したもの
墓陵内は琉球石灰岩の石垣によって囲まれ
すべての庭には珊瑚砂利が
敷きつめられています。


東室
三基に分かれた墓堂
自然の岩壁の外部を切り石積の家型とした
沖縄特有の型式を持つ陵墓

東室(王および王妃)


中室
三基に分かれた墓堂
自然の岩壁の外部を切り石積の家型とした
沖縄特有の型式を持つ陵墓

中室(洗骨までの間霊柩を安置)


西室
三基に分かれた墓堂
自然の岩壁の外部を切り石積の家型とした
沖縄特有の型式を持つ陵墓

西室(王および王妃以外の家族)


首里金城町の石畳道
首里から那覇港や沖縄本島南部へ通じる
「真珠道」の一部
敷石は琉球石灰岩を組み合わせた
「乱れ敷き」


瑞泉酒造(首里崎山町)
琉球王府の泡盛職・喜屋武家を始祖
首里崎山の城下町で創業


サガリバナ並木(首里崎山町)
瑞泉酒造前の馬場通り(瑞泉通り)
那覇のサガリバナの名所
開花時期の1ヶ月以上前ですが
奇跡的に咲いていました



2022年 5月 24日(火) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

約2年半ぶりの沖縄です。


<首里城の今 〜 見せる復興 〜>

2019年10月31日に起きた火災によって、
首里城は本殿を含む9棟の建物と歴史的遺産が焼失してしまいました。
現在、首里城は 「見せる復興」 に力を入れ、
2022年には正殿の復元工事が始まりました。
正殿の復元完成は2026年の予定、その後北殿、南殿など順次進められるため、
全てが完了するまでには長い年月がかかる見込みです。





一日も早く再建されることを祈ります!


守礼門
守礼とは「礼節を守る」という意味
門に掲げられている扁額「守礼之邦」
「琉球は礼節を重んずる国である」


園比屋武御嶽石門
<世界遺産>
琉球石灰岩で造られた建造物
国王が安全祈願をした礼拝所


歓会門
首里城の城郭内へ入る第一の正門
歓会とは「歓迎する」という意味
門の両側にある一対の石造の獅子像


瑞泉門
瑞泉とは「立派な、めでたい泉」という意味
門の手前右側にある湧水(龍樋)


漏刻門
漏刻とは中国語で「水時計」という意味
漏刻門の正面に置かれている
「日影台」という日時計


広福門
広福とは「福を行き渡らせる」という意味
第四の門:別名「長御門」
下之御庭(下の庭)にある
首里森御嶽


奉神門
「神をうやまう門」という意味
首里城正殿のある
「御庭」へ入る最後の門


白銀門
内郭石積に接して設けられた門
琉球石灰岩で建物の屋根を表現する
石造形式の門


寝廟殿

東のアザナ
内城郭の東端に築かれた物見台



2019年 12月 6日(金) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

9ヶ月ぶりの沖縄です。
室内環境学会が沖縄で開催されました!今回で2度目の開催です!


<首里城(本殿)炎上>

首里城は、1429年から450年間存在した琉球王国の政治や外交、文化の中心地。
太平洋戦争中の沖縄戦で焼失したが、沖縄の本土復帰後の1992年に国営公園として復元。
首里城跡は中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式などに価値があるとされ、
2000年12月、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』が、日本で11番目の世界遺産に登録。

2019年10月31日午前2時40分ごろ、
那覇市の世界遺産、首里城跡に建つ首里城正殿付近から出火。
木造3階建ての正殿から出火して北殿、南殿などに延焼、6棟をほぼ全焼し、
約8時間後に鎮圧された。 本当に残念です!
一日も早く再建されることを祈ります!






<ディープタウン 栄町>

まるで戦後復興当時にタイムスリップしてしまったかのような、
ノスタルジックな雰囲気が味わえる「栄町市場」。
昼間は、青果精肉店・豆腐店・洋裁店などがひしめき合っているマチグヮー
(方言で市場)ですが、夜になると飲み屋街にガラリと変わります。
大小たくさんのお店(数えきれないほど!)が立ち並ぶので、
ちょい飲みやハシゴ酒にピッタリ!ディープな沖縄ワールドです!

   

久しぶりにリフレッシュできました!


金城町石畳道
琉球石灰岩が敷かれた全長300mの石畳道
敷石は大小の琉球石灰岩を
組み合わせた「乱れ敷き」


玉陵
第二尚氏の歴代国王の墓。
東室、中室、西室の3つの墓室、
玉陵碑、前門、後門、展示館である玉陵奉円館



2016年 9月 10日(土) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

昨年の12月以来9ヶ月ぶり、3度目の沖縄です!


<琉球王国のグスク及び関連遺産群>

沖縄にある多くのグスク(城)及び遺跡の中から、
5つのグスク(首里城、中城城跡、座喜味城跡、勝連城跡、今帰仁城跡)と、
その関連遺産の4つの遺物(園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽)が
第24回世界遺産委員会会議で2000年(平成12年)に世界遺産登録されました。
これらの公式名称は、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」といいます。


斎場御嶽
沖縄には「御嶽(うたき)」と呼ばれ、信仰を集める聖地が多く点在していますが、
斎場御嶽は御嶽の中でももっとも格が高いとされる場所です。
それは、琉球創生の神、アマミキヨが国始めに造った七御嶽のひとつとされているからです。
御嶽内内には、当時一般の人が使った拝所や、
神女の儀式がおこなわれた拝所等が残されています。


前回に引き続き、世界遺産巡りでした!



斎場御嶽
神秘的な雰囲気の斎場御嶽
巨岩がもたれ合う隙間を抜けると
東側に久高島が見えます。


玉陵
第二尚氏王統歴代の陵墓で、
1501年頃、三代目の王、尚真が創建。
周囲は石垣で囲まれ、
墓室は東西に連なる自然の崖壁に穴をあけ、
連続した3つの室から構成


園比屋武御嶽石門
守礼門と首里城の正門にあたる
歓会門の中間にあり、
尚真(1477〜1526年)によって1519年に創建


守礼門



2015年 12月 5日(土) 那覇(沖縄)

<ぶらり沖縄>

新婚旅行以来、30年(正確には32年)ぶりの沖縄です!


<琉球王国のグスク及び関連遺産群>

沖縄にある多くのグスク(城)及び遺跡の中から、
5つのグスク(首里城、中城城跡、座喜味城跡、勝連城跡、今帰仁城跡)と、
その関連遺産の4つの遺物(園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽)が
第24回世界遺産委員会会議で2000年(平成12年)に世界遺産登録されました。
これらの公式名称は、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」といいます。

「グスク」とは琉球時代に農村を基盤に成長した豪族たちの城塞のことと考えられていて、
こういった建造物や遺跡を訪れると、
周辺諸国との交流で発展してきた唯一無二の琉球の歴史や文化にひたることができます。


石積み
グスクの石積みには大きく分けて、野面積み、切石積み(布積み、相方積み)があり、
中城城跡では、この3種類の石積みを一度に見る事ができます。

野面積み:自然の岩や石をそのまま組み合わせる、最も古い技法
布積み:直方体に加工した石を、一段ごとに高さを揃えてブロック状に積み上げる
相方積み:石を多角形に加工し、互いに噛み合うように積む技法

  
野面積み&布積み と 相方積み(別名、亀甲乱積み)


ホテル日航アリビラ −ヨミタンリゾート沖縄−>
目の前のオキナワブルーの海に映える赤瓦屋根に
白い壁のスパ ニッシュコロニアルスタイルの外観。
スペイン語のAlivio(くつろぎ)とVilla(別荘)を組み合わせた名のとおり、
プライベート感覚を重視したワ ンランク上のリゾートホテルです。

「南の島の Prince and Princess」
世界三大珍味“キャビア・フォアグラ・トリュフ”を使った贅沢コースです!
・アミューズ:カリフラワーのフォンダレ 二種のキャビアとともに
・アントレ:フォアグラのポワレ 大根のコンソメ煮を添えて
・ヴィヤンド:和牛のグリエ トリュフソース ・・・

  

※久しぶりに、のんびりと散策することができました!



首里城
首里城は、1429年から1879年まで
琉球王国の国王の居城
1406年に尚巴志が琉球王国支配のための居城


守礼門

園比屋武御嶽石門

国王が往路帰路の安泰を祈願した、
石造の平唐破風門
木製の門扉を除き全て石造りで、
八重山の名石工・西塘によって1519年に建立


石畳

中城城跡
中城湾に面した高台に、北東から南西にかけて
ほぼ一直線に城郭が連なる城跡。
15世紀半ばに護佐丸が築城したといわれ、
現存するグスクの中では
最も原型が残っていることで有名


アーチの門

勝連城跡
与勝半島の根もとにある
四方の眺望が抜群の丘に構える城跡

阿麻和利が居城した城と伝えられる勝連城跡は、
沖縄の城の中でも最も古く12世紀頃。


石階段

座喜味城跡
西海岸を一望できる標高約125mの丘上に、
築城家で名を馳せていた護佐丸が
15世紀前半に建築


屏風にたとえられるカーブした城壁

中村家住宅
中村家住宅は、戦前の沖縄の住居建築
の特色を全て備えている建物です。
当時の上層農家の生活を知る上にも、貴重な遺構


瓦の欠片と漆喰で作られたシーサー